公益財団法人新潟県健康づくり財団

健康コラム

【歯科保健関係者向け】むし歯予防・管理の最前線-削らずに歯を護り管理する
むし歯は専門的には“う蝕”と言います。近年、歯科におけるう蝕治療の考え方が、「早期発見、早期治療:削って詰める」から「リスク評価、予防、長期管理:診て護(まも)る」へと変わりつつあります。新潟大学医歯学総合病院 歯科では、最新のう蝕予防の概念に則った管理システムを2022年8月より運用を開始しました。ここでは、う蝕予防の最新の情報をお話します。
 
1.う蝕の現状
う蝕は全疾病中、世界で最も多い疾患です。医学雑誌Lancetは、世界の34%の人が未処置のう蝕を放置し、世界で最も有病率が高い疾病として強調しています(図1)1)。日本でも3人に1人の口の中に、未処置のう蝕があります(平成29年歯科疾患実態調査)。
永久歯のう蝕を持つ人の割合は、20歳ごろまで減少傾向が認められますが、30歳以上では90%を超え、65-85歳でう蝕の罹患率が70-90%となるなど非常に高率です(図2)2)。これは、8020運動達成者が50%を超え2)、残存歯数が増加するとともに、歯肉退縮(歯肉が下がること)により露出した歯根面に発生するう蝕(根面う蝕という)が増加していることが大きな要因となっています3)

1)Oral health. THE LANCET homepage.
https://www.thelancet.com/series/oral-health. 2023.2.1閲覧
2)厚生労働省. 平成28年歯科疾患実態調査.
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/62-17b.html. 2023.2.1閲覧
3)福島正義. 根面う蝕を知る-う蝕管理のターゲットは歯冠部から歯根部へ.  日本ヘルスケア歯科学会誌 19: 6-16, 2018.

図1. 3人に1人がう蝕を放置しています。医学雑誌Lancetに掲載されているソーシャルメディアカード。参考文献1より引用。


図2. 永久歯のう蝕を持つ人の割合の年次推移。参考文献2より引用、改変。
 

2.現在のう蝕の診断

これまでのう蝕の診断は、要観察(CO)、エナメル質う蝕(C1)、象牙質う蝕(C2)、歯髄腔までおよぶう蝕(C3)というように実質欠損(う蝕の大きさ)の有無によって分類されていました。学校歯科検診でも平成6年まで使用していたので、記憶に残っている人も多いでしょう4,5)

近年は、ICDAS(International Caries Detection and Assessment System:国際的う蝕探知評価システム)といって、う蝕の発生・進行過程を評価する新しい診断基準が用いられ始めています6,7)。これは、2005年に欧米のカリオロジー研究者(う蝕学の専門家)によるコンセンサス会議で決定した新しいう蝕検出基準です。

最初に歯が溶け始める(脱灰が始まる)エナメル質の変化を3つに分類して、う蝕予防管理の主戦場となるエナメル質を評価しようという診断法です。これは、歯科医師国家試験問題にも出題されています。表1に2つの分類の違いをまとめました。

表1. これまでの分類(左)とこれからの分類(右)
実質欠損の有無による分類 う蝕の進行過程による分類(ICDASⅡ)
健全 コード0:健全
CO
コード1:歯を乾燥すると白い部分がある(右上黄矢頭)
CO コード2:歯が濡れた状態でも目に見える白い部分がある(右下黄矢頭)
C1 コード3:エナメル質の一部に穴が空いたり欠けたりしている(黄矢頭)
C2 コード4:象牙質が透けてみえる(黄矢頭)
コード5:エナメル質が無くなり、象牙質が目で見える(黄矢頭)
コード6:大きく穴が空き象牙質が目で見える(黄矢頭)
4)公益財団法人日本学校保健会. 就学時の健康診断マニュアル 平成29年度改訂.https://www.gakkohoken.jp/books/archives/205
5)公益財団法人日本学校保健会.一般社会に伝えたいこと-今、学校における歯科健康診断は-.https://www.gakkohoken.jp/column/archives/43.
6)田上順次ほか監修:保存修復学第6版. 永末書店, 2022.
7)杉山精一ほか. ICDASが拓く新しいう蝕治療マネージメント. 日本ヘルスケア学会誌 11: 17-70, 2009.

 

3.これまでのむし歯治療は「早期発見、早期治療:削って詰める」

う蝕は、痛みが出るころには、神経に達するほど進行していることも少なくありません。う蝕を初期段階で見つけて治療することができれば、治療も簡単で、かかる回数も少なくなります。削らずにフッ化物を応用して歯を強化する場合もあります(図3)。しかし、う蝕の初期段階はしみる、痛む等の自覚症状がありませんので、自分で見つけるのは難しいです。そのため、「歯科医院で定期検診を受けて、むし歯が大きくならないうちに早めに治療しましょう!」と言われてきました8)
  図3. フッ化物を応用したエナメル質の強化。う蝕が初期段階であれば、削らずに済む場合もある。  

近年、むし歯は、細菌感染症であると同時に生活習慣病の側面をもっていることが明らかとなりました。食事内容、食事時間、セルフケアなど様々な生活習慣病の要素が関与し、患者さんのむし歯のリスクが上がります。これまで、むし歯は、“削って詰める”が一般的治療として定着し、生活習慣病対策は講じられてきませんでした。痛いときに歯科を受診すれば良いという認識が根強いことが大きな問題でした。

そこで、政府は2022年度の「骨太の方針」で、年代関係なく国民全員が定期的に歯科検診を受けることを目標とする、「国民皆歯科健診」制度の導入を検討することを発表しました9)。また、学術団体ベースでは、う蝕予防管理に関する専門的知識と臨床技能を有する認定歯科衛生士を養成するために、2020年にう蝕予防管理認定歯科衛生士制度が誕生しました10)。このように、むし歯予防に対する政府と学術団体の取り組みも変化してきています。世界的には、2010年にAlliance for a Cavity Free Future(ACFF、国際非営利組織)という団体が発足し、カリエス(むし歯)フリーではなくキャビティー(う窩:むし歯の穴)フリー、すなわち、う窩のない未来を目指すことを実現可能なゴールと設定し活動を活発化しています。2018年には日本支部が旗揚げしました11)

8)歯の健康. 厚生労働省. https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b6.html. 2023.2.1閲覧
9)経済財政運営と改革の基本方針. 内閣府. https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2022/1222/shiryo_03-2_3.pdf2023.5.25閲覧
10)認定歯科衛生士(う蝕予防管理). 特定非営利活動法人 日本歯科保存学会. http://www.hozon.or.jp/member/certification/hygienist.html. 2023.2.7閲覧
11)一般社団法人 ACFF日本支部. https://acffjapan.org. 2023.2.7閲覧

 

4.これからのう蝕治療は、「リスク評価、予防、長期管理:診て護る」
う歯は「むし歯菌(酸産生菌)の割合」、「食習慣(糖質:専門的には発酵性炭水化物の量と摂取する間隔等)」、「宿主(唾液の量と歯の質)」等が影響して発生する多因子性疾患(多くの要因が絡み合って発症する疾患)です(図4)。う蝕になりやすさ(う蝕リスクといいます)も個人差があり、年齢や全身疾患、服薬、ストレス等も大きく関係します。これからのう蝕治療は、う蝕があるかどうかをチェックするのではなく、う蝕ができるリスクが高いか低いかを評価します。患者さんのう蝕リスクを評価して、どこがウィークポイントかを突き止め、患者さんとともに改善策を考える時代になりました。口の人間ドックだと思えば、理解しやすいでしょう。

そして、削らずに再石灰化が期待できるむし歯は、フッ化物を塗布しながら長期管理していきます。これからは、「う蝕になりにくい環境を整えて、予防して管理する」時代です(図5)。

図4. う蝕の原因


図5. これからの時代のむし歯治療のモットー

5.う蝕になりにくい環境とは?
それでは、う蝕はどうなると起こるのでしょうか?

う蝕は、歯の表面で起こっている歯が溶ける現象(脱灰)とその真逆の歯が硬くなる現象(再石灰化)のせめぎあいの結果であると考えられています。脱灰にいる時間が長ければ長いほど、う蝕が発生するリスクが上がります。これは、う蝕のバランス論と呼ばれています(図6)。イメージとしては、脱灰と再石灰化がギッタンバッコンとシーソーしていると考えると理解しやすいでしょう。

はじめに患者さんのシーソーがどちらに傾いているかを評価します。そして、歯が溶ける現象の元凶(脱灰側の因子:リスク因子)が軽くなるように仕向け(バイオフィルム細菌のコントロールや食生活指導など)、再石灰化因子(生体の防御因子)が重くなるよう治療や指導(フッ化物の効果的な使用、唾液量の増加、抗菌剤の使用や予防的処置など)を行います。

図6. う蝕のバランス論。脱灰にいる時間が長いとう蝕が発生するリスクが上がる。

6. 歯を護り管理する

う蝕になりやすい環境を整えるだけでなく、要経過観察の歯が進行しないよう管理することも必要です。2014年に国際的学会組織が中心となり提唱した「ICCMS (International Caries Classification & Management System):う蝕の診断およびマネジメントシステム」が日本でも認知されはじめました。ICCMSは4つの”D”が柱になっています(図7)。4つの”D”とは、Determine(患者レベルのう蝕リスクを決定すること)、Detect(う蝕の進行ステージと活動性を検出すること)、Decide(個人に合わせた治療計画を決定すること)、Do(歯質保存のためのう蝕予防・制御・介入を行うこと)です。つまり、患者さん一人一人に、オーダーメイドのう蝕予防法で予防・管理して(4つのDの歯車をぐるぐる回して)、生涯、う窩(う蝕によってできた穴)を作らないようにしましょうというシステムです。

図7. ICCMS日本語版. https://www.iccms-web.com/content/resources/iccms-icdas-publications. 2023.2.7閲覧
 

7.う蝕予防管理システム

新潟大学医歯学総合病院 歯科では、2022年8月より、上記のICCMSとう蝕のバランス論を取り入れたう蝕予防管理システムの提供を開始しました(図8)。
https://www.nuh.niigata-u.ac.jp/wp-content/uploads/2022/07/29af127943db0c5621eb66ece561bb78.pdf
 
図8. 新潟大学医歯学総合病院 歯科のう蝕予防管理システム
 

ICCMSと、リスク評価に基づくう蝕管理というアメリカで開発されたシステム(CAMBRA: Caries Management by Risk Assessment)12) をベースに、新潟大学医歯学総合病院オリジナル版として改良を加えたシステムです。

簡単な口の中の診査と、唾液を出してもらい、食生活に関する簡単なアンケートに答えてもらうだけで、2週間後の来院時に上記5のシーソーの判定(う蝕リスク評価の結果)がでます。痛みはありません。

みなさん、口のドックで、う蝕リスクを知って、歯科医師と共に「う窩(う蝕によってできた穴)のない未来」を実現しませんか。

12)安井利一監訳. バランス:患者と歯科医師のためのう蝕管理ガイド. クインテッセンス出版, 2016.
 

監修:新潟大学医歯学総合病院 歯科 う蝕予防管理システムワーキンググループ